寒トレ(陣馬山)

2012年になった直後、僕と団長は陣馬山の山頂で夜を明かした。

「本当の山の面白さって富士山を登っただけでは分からないですよ。」
という団長の言葉に興味がわき、ステップアップして彼の言う登山の本当の面白さに近づきたいと思っていた。

昨年の僕の富士登山は半分以上失敗と言っても良いものだったが、それでも、これまでにないほどの感動を得て下山した。
それ以上の世界があるという団長の言葉は、自然と僕の足を山に運んだ。


練習第一弾として選んだコースは、高尾山→陣馬山→高尾山の高尾・陣馬ピストン。
「寒いところで寝る練習をしましょう。」という彼の誘いに乗り、ドン・◯ホーテで3,980円のテントとホームセンターで1,980円のシュラフを買ってきてザックに詰め込んだ。
そして、トレーニングのために2Lペットボトル2本に水を入れて、それもザックに詰め込んだ。
初めてテン泊装備を積載したザックは肩に食い込むほど重く、このザックを背負って片道数時間の行程を歩くのが不安に感じられた。

高尾山口で下車し、まずは高尾山頂まで1号路で向かった。
登山口からケーブルカーまでの間の坂は勾配がかなり厳しく、慣れない重さのザックを背負って歩くのが大変だった。
登り始めてから30分も経たないうちに、4kg分の水を捨てて歩き出したい気分だった。

何とか高尾山に初登頂し、休む間もなく陣馬山を目指す。
山から山に向かって尾根を進むスタイルの登山を、縦走というのだと団長に教えてもらった。
一回の登山で複数の山頂を踏めるのはお得だと、貧乏学生だった僕は思った。

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笹尾根縦走中。今考えると縦走路としては味気ない尾根だが、当時は縦走という響きが気に入っていた。

また、この高尾陣馬縦走ではこれまでとはまた違う景色を楽しむことが出来た。
夜の道でもなく、森林限界を迎えた高山の道でもなく、みずみずしい緑の葉から漏れる光を浴びる道だった。

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明王峠のあたり。木漏れ日が美しい。

ザックの重さには慣れた。
体の重心のバランスにさえ気をつければ、手でザックを持ち上げた時の重量感を感じることはなかった。
ただずっしりとした重みを踏みしめる感覚だけは、今もこのときも変わっていない。
僕はこの感覚が嫌いではない。

一歩一歩、地面を踏みしめながら標高を上げていく。
無言で、自分との対話を楽しみながら前に進んでいく。
ふと飛び込んでくる景色に心奪われ、夢中でシャッターをきる。

そんな時間が好きなのだと、この時に初めて何となく知った気がした。

15時くらいに陣馬山に着いた。
お腹がすき、頂上の茶屋でけんちん汁を買って食べた。
熱々のけんちん汁が若干肌寒く感じていた体に染み渡った。

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もうすぐ夕暮れ。陣馬のシンボルモニュメントの白馬。

テントを張って、野営の準備をした。
本当はここにテントを張ってはいけないのだと知ったのは、下山してからだった。

テントの中で、団長からこれまでに登ってきた山の話を聞いた。
高校の山岳部の夏合宿では地元の百名山に指定されている山に、3泊4日でこもったとのことだった。

僕にはまだ、雲の上の話に思えた。
すぐそこには家族が居て、携帯ですぐに友人に連絡がとれ、スーパーに行けば何でも食材が買える場所で20年以上過ごしてきた。

完全に夜になり、キーホルダーの気温計を見ると-6℃だった。
トイレから戻ってきた団長が、夜景を見ようと僕をテントの外に誘った。

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東京の夜景。日の出ランのときよりも早い時間帯なので明るく見えた。

団長が「この夜景、どう見えますか。」と僕に言った。
「綺麗だと思う。これ以上の場所で東京の夜景を僕は見たことがない。」という僕の返答に対し、彼は「そうですよね。」と言うだけだった。

数年経った今、なんとなく思うことがある。
団長はきっと、この夜景を見ても、つまらないと思ったのだろう。
この夜景の光に邪魔されて見ることが出来なかった星空を眺めたかったのだろう。

当時の僕はそんなことも気づかずに、「よく分からないやつだな」と思うだけだった。

アスカ

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