大学生活の全てを賭けて取り組んできた公認会計士試験の受験は失敗に終わった。
これまで毎日、大学から付与されたデスクで電卓を叩いてきた日々の結果は実を結ばなかった。
それぞれ大きなものを得るはずである大学生活で、たくさんのことを諦めながら、夢を掴みたいと思っていた。
その夢にすら手が届かないという実感が、僕を失意の底に突き落とした。
この時の僕に残されたのは、半年後から始まる就職活動という現実と、それまでの間の束の間の大学生活だった。
そんな中でサイクリングサークルの後輩2人から誘われ、鳳凰三山に登ることになった。
僕の登山キャリアの中では初めてのアルプスだった。
今回のパーティはサイクリングサークルの後輩2人と僕。
後輩のうち一人は大学のワンダーフォーゲル部にも所属している上級者。
もう一人も幼いころから両親に連れられてアルプスに何度も登ったことがある経験者だった。
行程は
【一日目】
御座石鉱泉→中道コース→薬師岳→観音岳→鳳凰小屋(テント泊)
【二日目】
鳳凰小屋→地蔵岳→鳳凰小屋→御座石鉱泉
という感じで鳳凰三山をぐるっと周回するルートだった。
雨上がりの中道コース。これまでしっかり整備された登山道しか歩いたことがなかったので、岩の上を歩き続けることに苦労した。
正直に言うと、この山行は自分のレベルには合わない山だった。
ひたすら続く中道コースの急登で、引き返したくなっていた。
温泉に入って帰った方が楽しい思い出になるんじゃないかと思い続けながら歯を食いしばりながら無言で登り続けた。
それでも、先行してくれるパーティの後輩たちに声をかけてもらいながら足を前に踏み出し続けた。
無限に続くかと思えた急登も最後の登りに到達した。
薬師岳への最後の岩場の登り。これまで無限に続くと思われた急登が先に見えなくなり、高揚感が高まる。
永遠に続くかと思われた登りも、あと少しで終わる。
誰かが教えてくれたわけではなかったが、何となくそれが分かった。
こんな世界があるのか、と涙を流した。
諦めようと何度も思った。
僕には無理だから降りようという言葉が、何度も僕の口から出かけた。
雨に当たり続けながら急登を登っていたとき、自分の心の弱さが現れた。
そしてその数時間後に、弱い自分より僅かに大きい強い自分を知った。
現実的に途中で撤退を選ぶ瞬間が何度もあった。
だが、このぎりぎりなラインで何とか3つの山頂を踏んだ達成感は今までの登山では感じることが出来なかったものだった。
あなたはなぜ山に登るのですか。
──そこに山があるからだ。
このやりとりはあまりにも有名だ。
今、僕はこの問いに何か答えを用意するのであれば、自分の心の弱さと正面から向き合うためだと答えたい。
そして、そんな弱い自分に抗える自分の強さを感じるためだと答えたい。
頂上で見る景色は、きっと弱かった自分が見ることが出来ない景色だ。
そんな特別な体験が、僕が志向する山だ。
アスカ